さすがにこの時期ともなれば、
関東地方の平野部でも、早朝の黎明の中にては、
頬や耳がじんじんするほどの寒気が垂れ込めるし。
その中を風を切る勢いで疾走しようものならば、
鼻の頭や頬などの肌へ、
細かい針を含んだような風が、
淡い膜のようになって容赦なく飛び掛かって来る。
「…っ。」
しかも…ある意味 皮肉なもので、
北領ほどの凍るような気温ではないものだから、
風に晒されてない箇所は、
体を動かせば さしてかからず温かくなって来る。
下手に厚着重ね着をしていると、むせ返るような暑さに襲われ、
慣れがないと目眩いがすることがあるくらい。
“…だが。”
スポーツ選手たちのまとうユニフォームは
それはよく研究されていて、
ピッチは寒いのにこんな薄着で大丈夫か、
逆に、真夏に長袖ってキツクないか…と思うなかれ。
保温性や通気性が驚くほど素晴らしい素材というのが
様々に研究され尽くしており、しかも軽い。
世にひーとてっくが出回るより前から、
そういった未来ツールも、あるところには既にあったようで。
鼻孔や咽喉が乾かないようにというマスクの代わり、
ハイネックの部分を顔まで引っ張りあげ、
目許近くまでを覆っておいでという乱暴な対処をしていても、
その身へ添うたフィット感は損なわれぬまま。
顔へ延ばした部分も全く窮屈ではない、
特別仕様のソフトジャージに、
軽快な動作の邪魔にならぬよう、
一般のトレーニングウェアよりも“あそび”が少ないよう
シェイプされたシルエットは、
どうかするとダイビングで使うウェットスーツばりのフィットぶり。
『せめて腰回りに、そう、
カフェエプロンみたいな格好の、
ウェストポーチを付けたらどうかなぁ。』
いくらなんでも体の線が露すぎないかと、
日頃は、お辞儀をしただけでパンティがちらりしそうな
ウルトラミニも履くよな七郎次が、
これに限ってはヲトメらしい主張をしたため。
そういう装備も取り付けたところ、
『…何か却って、近未来のアーマードスーツっぽくなってませんか?』
手榴弾とかスコープとかいう
七つ道具を収めたベルトを装着したような雰囲気と化してしまい、
SF映画の戦闘員とかがまとって出て来そうないで立ちだと、
皆して同時に思ったものの。
何もなしの場合の、
どっかの怪盗ぽかった怪しいレオタード姿よりは穏当だろうと、
何とか折り合いをつけたそれ。
ご本人はどっちにしたって“恥ずかしい”とは思ってなかったようであり。
“今度の公演でも…。”
この素材でチュチュを作ってほしいなぁと思ったくらい、
紅ばら様こと、久蔵さんには着心地満点の代物なようでございまし。
風に乗るようにして軽快に駆け続けていた彼女だったが、
「…っ、」
はっと何かに気がついたようで。
辺りを見回すより先んじて、
その身を すぐ傍らの、
大きく頑丈そうなセメントの橋脚へと寄せつつ立ち止まる。
まだ誰も起き出してはない、
よって、映画のセットみたいに全く無人なままの町なかの、
しかも高架下という殺風景なばかりな場所だ。
朝と言えばの様々な配達関係者だって
まずは通りかからぬコースだというに、
“…。”
咄嗟に身を隠したのは、
このような格好をしているのが恥ずかしくて…ではなくて、(苦笑)
このような格好をしている事情あってのこと。
鋭角ながら華やかその美貌にいや映える、
風に躍る軽やかな金の髪を、
ちょっと見、地味なカチューシャのようなベルトが押さえているが。
これもまた、風除けとそれから、
通信機も仕込まれた“装備”であるイアーマフで。
そこから、
【 久蔵殿? どうかしましたか?】
GPSにてこちらの所在や動向を把握し、
遠隔地からながら、フォローに努めておいでの
ひなげし様こと平八の声が聞こえたが、
「…大事ない。」
短くそうと応じると、右手をぶんっと脇へと振って、
いつもの得物をその白い手へ繰り出した、
ばりばりに戦闘態勢の紅ばら様だったりするのである。
片や、こちらも同じ時間帯だが、
屋内のしかもずんと奥まった場所なのか、
陽が差さぬわ外は見えぬわなので、
陽は昇った刻限ながら、今日のお天気さえ察知出来ないままであり。
“でもまあ、髪がちょっぴり静電気を起こしていたから、
晴れのよう、で、す、がっ。”
内心での呟きだというに、
その語尾がついついスタッカートを刻んだのは。
愛らしくも品のある白い手に掴んでいた特製槍の切っ先を、
ぶんぶんぶん、と
右へ左へ、ボートの長オールを捌くよにその身の左右で漕いだから。
そんな動作に合わせ、
ラバーを張った靴底が床をにじってだろう、
他には物音のしない空間へ、
きゅきゅ・きゅっと小気味のいい音を立てる。
彼女の見せた、切れのいい所作とそれを支えた足捌きが
いかに見事に重心を制御しているか、
しかもしっかと床を咬んでいる代物かを表してもいて。
「…っ。」
数人いた敵対者らも、既に次々と薙ぎ倒されていて。
こんな幼い、しかもか弱い風貌の少女相手に、
頼もしい仲間たちが昏倒して動けない有り様なのへ、
まだ何とか無事でいる顔触れも、少なくはない脅威を感じている模様。
及び腰なところを見越して、ぐいぐいと踏み込んで来る相手が、
まだ十代だろう幼さの、しかも白皙の美少女であるがゆえ。
迎え撃つ側としては、どうしても手元が鈍るのはしょうがない。
“何だよ、これ。”
“こんなテロリストがいるもんかよ、実際に。”
どう見たってこっちが敵役じゃね?
か弱い少女を数人がかりで捕縛しようとする、
悪の結社の図、みたいじゃね?と。
模擬戦用とはいえ、一応は棍棒仕様の警棒を、
なかなか本気では振り降ろせずにいる隙を衝かれ、
「ごめんあそばせっ!」
彼女の側からは一片の容赦もないまま、
ぱーんっといい響きと共に、
手元や肩口、脾腹などなどをしたたかに打ちすえられて、
とうとう最後の一人ががくりと倒れ伏したホールであり。
“まったくもう。
朝も早くに脱出を図ろうというのを見越したその上、
こんな人たちを送り込むとは。
佐伯さんも人が悪すぎますよね。”
叩きのめした相手が首から提げてたIDカードを頂戴し、
ホールから連なる廊下を小走りに進む。
突き当たったこの建物の玄関にて、
カードキーを使って施錠を解除し、
それは重たげなブロンズグラスのドアをぐぐうっと押し開け、
そこから外へと飛び出せば。
思っていたより時間を取ったか、
すっかりと明るいことへ うううと唸る七郎次だったりし。
“今って何時だろ、つか、間に合うのかな。”
自分の背丈と同じほどはあるステンレスポールの槍を
とりあえずしゃこんと縮め、
こちらさんは、ごくごく普通タイプのそれ、
トレーニングウェア姿のまんま、
どうしたもんかなと、
とりあえずポッケからスマホを取り出しかかっておれば、
「…っ。」
どこからか聞こえていたオートバイのそれだろう、
結構な馬力を匂わせるイグゾーストノイズが、
そんな彼女の立つところ目がけてという
近づきようをして来るではないか。
タクシーを呼ぶしかないか、
でもそれだと、待ち時間で時間を取られそうだなぁと
愛らしい眉をひそめて案じていた七郎次のすぐ前で、
ぎゅぎゅんっと急停車したのは、やはり随分と大型のオートバイで。
エンジンをアイドリングさせたまま、
フルフェイスのヘルメットを脱いだライダーさんは、
それを七郎次のほうへと差し出すと、
「えっと。
あんた、久蔵のダチだろ? これ見せろって言われてる。」
その中に貼り付けられてあったカードには、
見覚えのある、
ちょっと恰幅のいいメインクーンちゃんの写真が刷られていて、
久蔵のシークレットネームでのサインが“ひさこ”と記されており。
「…っ、じゃあ あなたが?」
「うん。
後ろに乗んなよ、目的地も聞いてあるから送ってく。」
最初から此処って訊いてりゃこんな際どく来なかったんだけどな、
オペレータ役の、林田さん?って子が、
そんな動きがあるってことをはやばやと知られたら
俺まで捕縛されてるって言って。
「一体 何をやらかしてんの、あんたら。」
「う…。」
責めるつもりじゃあなさそうな、
どうでも良いけどというよな訊き方ながら。
そうと訊かれるとさすがに言葉に詰まる七郎次だ。
何しろたった今、
1ダース以上はいた殿後を片っ端から伸して来たばかりだし。(笑)
でもでも、
“疚しいことなんかじゃないもの。”
そんな想いがあったればこそ、渡されたヘルメットをかぶりつつ、
きっぱりと言い切ったのが、
「正義の味方ごっこですわ。」
「ごっこ…。」
呆れられたかなぁとちょっと後悔した七郎次だったのへ、
「やっぱ、あいつの友達だけあるなぁ。」
そこだけ奇抜にもピンクの髪をした、
なかなかイケメンのお兄さん。
にっかと笑った清々しい笑顔には、
褒められようとは思わなんだか、
ありゃりゃあ//////と 思わず真っ赤になった白百合さんだった。
いや、褒められたんでしょか、今のって…………。
◇◇◇
「…しまった、久蔵には“アシ”の伝手があるぞ。」
「良ち…、丹羽氏は京都へ出張中と訊いてますが。」
ぎりぎりのどうしても已なく、
強制的に取っ捕まえる算段を踏むこととなったならば、
その騒ぎが合法的な“保護”であるとするがため、
証人代わりに呼ばれていた、警視庁捜査課の刑事さんが そうと応じる。
その実、彼らならではの“勝手”が判る顔触れなので、
話の微妙さを説明しないで通じるところを買われての人選であり。
今の一言にしても、彼女らと妙に通じておいでの“何でも屋”が、
だが、今回は現地にいないため協力出来ないと、
何の説明もないまま、さらりと呼応出来るほどにツーカーな、
佐伯さんが呼ばれていた、ここは三木さんチの邸内で。
「彼とて大人だ、こういうケースにあの子らからは頼るまい。」
そうと応じたのは、
手入れのいい黒髪をさらりと肩まで流しておいでの医師殿で。
「まあ、ケースバイケースながら、
こっちへも連絡入れて来ますしね、奴は。」
表向き、こちらの臨時警護もこなしつつ、
実体は麻呂様以外には明らかにされていない、
特別枠のヒサコ様専属運転手。
そんな怪しい君の話は、だが、今回は関係ないらしいとして、
“スマホを2台持っていたとは気づかなんだな。”
こそりと出先の寝処から抜け出していた久蔵お嬢様。
とはいえ、財布やハンカチは忘れても、
これは持ち出すだろうスマホを携帯しているのなら、
こっそりアプリを仕込んであった特殊なGPSサービスで、
現在位置がすぐにも掴めるだろうと思っておれば。
スマホの反応は、何とベッドの中に留まったまんま。
どうやら、今回の行動にだけと用立てたらしい、
スマホタイプの端末を持って出たようで。
「ですが“アシ”と言っても…。」
こちらも昨日から行方が知れぬままの平八殿により、
移動しながらの拠点(ベース)としている“アシ”があったとして、
それが何であれ、双方の至近に現れたという報告は無い。
その平八を見習った訳じゃあないが、
防犯カメラによる範囲内ながら、近寄る不審車への警戒の方は万全だからで。
だがだが、
「ちょっと待っててくださいよ。」
そうと呟き、
自分のスマホを手にどこぞかへ電話をかけてみた榊センセーだったが、
呼び出し音を何回か待ってののち、ちいと忌々しげな顔になる。
「ご近所のやんちゃな総領息子で、
久蔵とは幼なじみの、弓野ってのがいるんですがね。」
「? はあ。」
「大型バイクを乗り回してるクチの奴なので、
限定解除クラスの免許で、
軽以上どころか、ちょっとした特殊車輛だって操れます。」
「うあ、それはまた…。」
また、そういったメカものといやの平八は
まだ 17歳なので、厳密にいや原付き以上の運転は出来ない身だが。
ただ、いつぞやは知らん顔して軽トラックを操っていたことがあり、
国際免許があるからてっきり大丈夫だと思って…などと、
白々しいことを言っていたっけ。
「大体 こんな、終業式直前なんて微妙な日取りで、
おシチ…草野さんを
“剣舞の練習に”なんて口実で研修センターに呼ぶとか、
そちらのお嬢さんを急な公演へのバレエ合宿に送り出すとか。
不自然にも程があります、怪しまれて当然でしょうよ。」
勘のいい子たちですもの、
しかも情報収集担当の林田さんがフリーになってたんじゃあ、
何でどうしての部分だって、どんなに隠してもあっさり知れてしまおうに。
「そも、誰の指示があって やったことなんですか?」
「…ウチのお館様ですよ。」
何も力づくで閉じ込めるとか足止めするとか、
そこまで強引なことを強いたワケじゃあない。
せいぜい“行って帰る”のが一日仕事となる程度に遠ざけて、
戻って来れなくての間に合わなかったって形で
諦めさせるつもりだったそうだが。
「……。」
「? 榊せんせい?」
ふと。難しいお顔で黙りこくってしまわれた医師殿なのへ、
佐伯刑事が“どうしましたか?”と声をかけると、
「…何か、今となっては
そこも私たちへの言い訳のように思えて来たぞ。」
「え?」
草野さんへはともかく、久蔵へは強引に構えてもいいお人なのだし、
いっそもっと巧妙な策だって出せたはずだと。
三木コンツェルン総代様の思惑に、
もう一つほど裏があったのかも知れぬと、
今ごろ気づいた兵庫せんせえ。
「そもそも、大人たちの勝手な思惑に振り回されていた彼の令嬢へ、
ずっと同情的でいたあの子らなのだから。
またもや勝手に予定を変えられたと聞けば、怒り出すのは明らかなこと。
とはいえ、向こうには英国大使のコネを掲げた“やり手”がついてるから、
下手な干渉をすれば“国際問題ぞ”とねじ込まれかねない。」
そこでと、行動的なお嬢さんたちをさりげなく遠ざけたのが、
榊せんせえを指令とし、発動された こたびの策だったのだが、
「だったらいっそ、
急に変更となったクリスマスミサの顔出し先、
何とかいう大聖堂とやらへ
こっちの娘らも介添え役にと送り出せば、
心細くはなかろうという格好で、多少は丸く収まったろうに。」
「おお、勘兵衛様。」
三木さんチの、護衛担当用 視聴覚制御室という仰々しいお部屋へ、
ノックもなしに現れたのが、
スーツ姿なのに、背中を覆うほどの深色の髪に顎にはお髭という、
どこの芸術関係の宗匠かと思わせるよな、型破りな風貌の壮年殿であり。
そんな判じ物のような御仁だが、これでも警視庁の捜査一課が誇る敏腕警部補。
「構わないのですか? 例の捜査の大詰めだったのでは。」
モニターの1つを見やっていた椅子からわざわざ立っていった征樹殿、
声を落として訊いたのは、あまり口外していい内容ではなかったからだが、
「ああ、そっちは片がついたのでな。」
盗難車を乗り継いで逃走中の強殺犯を慎重に追っていたのだが、
最後の乗り捨て現場から、急に足取りが途絶えてしまい。
次の相手の動きを待っていた…のでは埒が明かぬので、
とある誰かさんに陽動にと動いてもらい、
盗難車を融通する筋の組織をあぶり出しての、
最近 都合した車への素性を逆上らせたとか。
「ネカフェからのアクセスで、
注文連絡を取ってたらしいと判ったんでな。」
「ははぁ…。」
そこまで判ったそのついで、
ほんの昨日、同じ相手からの連絡が入ったことまで聞き出せたので、
そこへ専従の捜査員らが向かっているのだとか。
“良親に手伝わせましたね。”
この程度のことならば、
都内にいなくとも突き止められようし、
あぶり出す工作だってお手の物らしい(ただし非合法)知己を、
緊急措置として担ぎ出すとは、
“勘兵衛様としても、随分と案じておいでだな。”
現状から引きはがすという“搦め手”を持ち出したのが、
あの、経済界の陰のフィクサーとの噂も色濃い“福耳の麻呂様”と来ては、
似たようなおタヌキ様でも(おいおい)業種違いで勝手が判らないだけに、
この壮年とて安んじて構えては いられなんだらしい。
とはいえ、
「あやつらを阻止する手立てを構えたが、
振り切られるだろう…ということまでも、
見越していたよな策だったというのなら。
総代殿もなかなかお人が悪い。」
榊せんせえが今になってそうである恐れもありと気がついた、
あの御大が執ったのしては微妙に緩い段取り。
途中参加の勘兵衛にも、彼らの会話から察しはついたらしかったようだが、
「孫娘を危険に晒してもいいという策だというのですか?」
言っちゃあ悪いが、
為替の相場変動だの株の取得数だといった
市場での駆け引きや何やで雌雄を決すような
いわゆるビジネス上の話じゃあない。
生身の少女らが格闘もどきを繰り広げる恐れがあり、
自分らの能力を過信するんじゃあないと、
常々叱咤しているような、そんな事態へなだれ込んでいるというに。
血のつながった身内が仕掛けた代物だなんて、
それはないでしょうと
征樹が怪訝そうに承服しかねて見せたが、
「そうは言うが、
今の今までお主らが行方をしっかと探査しておったのだろうが。」
あくまでもお嬢さんたちを捕縛するための人手を割きこそすれ、
それ以外の怪しい者は近づかせぬと。
危険回避を最優先に構えていたのだろうがと言われ、
「え? ああ、はい…そうなんですが。あれ?」
彼女らへの危険は降らぬという安全策も、
そうという指示は出さないまま、
勝手にそれも構えるよう運ばせていた麻呂様だったということか?
さすが、古老のおタヌキ様は一味違う。(こらこら)
「そういえば、久蔵の方はどんな引き留め役を?」
剣舞の披露という口実で、
ちょっと遠い研修センターまでを外出させたお嬢さん。
交通の便が悪い土地なのでと、
遅くなったそのまま一泊させて足止めをという作戦だったらしく。
そんな七郎次が やはり動き出しそうなとあって、
そちらは征樹が待機させていた機動隊候補生らへ、
テロ対策の一環、素人のしかも婦女子が相手という設定で、
取り押さえてみろとのカリキュラムを課したそうだが、
“それだとて、相当に危険な手だと思うがの。”
結果として、楽勝で全員を叩き伏せたらしい七郎次だったそうだが、
機動部隊の候補生といえば、
まだまだ制御され切れてない、荒削りな乱暴者が紛れていないと言い切れぬ。
そんな連中へ“取り押さえろ”だなんて、
中途半端な指示を出してまあと、
そこが案じられたから駆けつけたようなものらしい勘兵衛様であり。
そんな彼が訊いた問いかけへは兵庫さんが応じてのいわく、
「私が学生時代に通っていた武道道場の皆様に、
スタント俳優目指して家出した、跳ねっ返りを連れ戻してほしいと。」
本当の事情を話す訳にも行かぬからということらしいが、
兵庫さんもまた、何とも微妙な言い訳をしたもので。
「GPSでの追跡は不可能となりましたが、
合宿所の周辺に絞って探査すれば…。」
と思って、Nシステムや公共系の防犯カメラの映像を、
出来る限り掻き集めてみていたのですがと。
いつぞや平八から教わったものだろう手管を駆使して
追跡中だった端末へ戻った征樹殿。
ふと、モニターの中を疾走する、1台のバイクに気がついた。
似たようないで立ちの二人乗り、
いわゆるジャンプスーツとでも呼ぶのだろうか、
ボトムが パンツタイプのワンピース、
つなぎという型のライダースーツをまとった、女性二人のタンデムで。
「…運転しているのも女性だって?」
じゃあ弓野くんじゃあないなぁと、肩をすくめかかった兵庫さんへは、
彼が捕縛を依頼した道場の皆様からの、返り討ち報告が入ったところであり。
珍しい疾走を周囲の車もついつい脇見しているものか、
結果、その辺りからの渋滞が始まってしまい、
あっと気づいた彼らが追おうにも、
車では身動き取れないだろう進路とされてしまったのでありまして。
「正体は依然として不明ながら、
賊が現れてアンリエッタ嬢を掻っ攫ってしまったんで、
都内の某大聖堂でのミサへの出席はキャンセルとなったそうで。」
「あら、それは初耳。」
「怖かったでしょうね。」
私たちは、
何で召喚されたやらな堅苦しい合宿だの演習だのから抜け出して
学園の終業式へと向かう途中で、
迷子になってた彼女を保護したのですし。
「あんな内気でか弱いお嬢さんへ、
しょむない尋問とか やらかしてないでしょうね、佐伯さん。」
「生憎と、私の管轄じゃあないからねぇ。」
その後までは知らないよと、せいぜい可愛げのない言いようをしたものの、
聞いた側のお嬢さんたちの方が実は詳細まで御存知だったらしく。
未成年の少女をちゃんと保護監督出来なかったなんてと、
親御様の元伯爵だか侯爵だかに、
ここぞとばかり せいぜい咬みついてやりなさい、
いくら義理があったと言ってもそんな怖い目に遭わせた責任は別問題、
きっちり説明してもらうぞ
何だったらメディアへ訴えるぞとまくし立てておやんなさいと
こっそり焚き付けたお嬢さんたちでもあったそうで。
「間に入ってた“やり手”の某氏とやらも、
せいぜい日本の官公庁の、
ずんと下のほうへ顔が利いてただけの格だそうですしね。」
どんな級の顔役なのかが判らなかったんで、
万が一には貿易摩擦程度じゃ済まないかもなんて、
最悪の事態も想定してましたのに。
結構な好き勝手をして、
融通利かせる代わりに賄賂(まいない)受けてたほどの人物とはいえ、
それが本国へバレたら一気に困るってレベルだったって訊いて、
「ホッとするってのも妙な話ですけどねぇ。」
「官僚政治の悪いとこばっか見ちゃったかなぁと。」
「???」
口八丁はお任せと、
あくまでも“妙な脱走騒ぎ”を起こした七郎次への
事情聴取に来た佐伯刑事を前に、
白々しい物言いを重ね、ほほほほほ…と微笑ったお嬢様たちであり。
久蔵さんだけは 小難しい言い回しに追いつけなかったか、
彼女もまた煙に巻かれてキョトンとしていたものの、
“…今回、一番活躍したのは久蔵さんだったようなもんですものね。”
平八がこそりと苦笑をこぼしたのは、
アンリエッタ嬢の急な予定変更と、
せっかく仲よくなった三華様たちとは
逢うこと適わずで帰ることとなりそうなのが辛いと言ってた話を、
こちらへ伝えてくれたのが一子様だったその上、
七郎次を迎えに行ってくれたのが弓野くんだったりもしたし、
『まさか あの一子様が、オートバイを乗り回せる身だったとはねぇ。』
病弱だったので久蔵らと同じ学年だったはずが
休学したため一年遅れた身だ…と訊いていたが、
実を言うと、その前の段階、
幼稚舎に上がったのも1年遅れという身だったそうで。
『実は18歳だっただなんてねぇ。』
『しかも、あの華奢な体で、450ccバイクを引き回せちゃうなんて。』
迎えに参りますと聞いてはいたが、
オートバイで現れた彼女には、久蔵もさすがに仰天したらしく。
家の車を出してもらうと、あちこちへ連絡されかねぬと思ったという辺り、
『…アタシたちからの悪い影響かもですね。』
『言えてる。』
『〜〜〜。』
怖い怖いと苦笑をこぼしたお嬢さんたちだが、
一部の大人たちの身勝手を嗅ぎ付けて、
そんなことへ大切なお友達を引き回されてたまるかと、
妨害が立ったのも何のその、逗留先のホテル前まで駆けつけ、
中から飛び出して来た彼女を掻っ攫っておきながら。
先のような発言を何食わぬお顔で通すことで、
何なら深いところまで事情を掘り返しますか?とばかり、
結果、鼻先であしらってしまわれた、
この年頃で既に恐るべき女傑なのでもあって。
「お話はそれだけでしたら、私たちもうお出掛けしてもいいでしょうか。」
コトは彼女一人の関わりごとでなしと言うことか、
七郎次お嬢様のお宅である、草野さんチに集まっていた久蔵さんや平八さんだが、
一通りの事情を語り終えると、
ちょっぴりそわそわするところは、今時のお嬢さんたちでもあるようで。
“そういや、勘兵衛様、今日は早上がりだそうだけど。”
先日から取り掛かってた強盗殺人事件が、
結局はするすると解決に至ったからで。
妙な巡り合わせだが、
こちらのお嬢さんたちが気になって…と
奥の手を使ったことで得られた結果だとしたら、
“いっそのこと、早いとこ結婚しちゃってほしいなぁ。”
職務上の難事件ならいざ知らず、
こんな手ごわいお転婆さんたちに振り回され続けるのは身が持たぬ。
あの勘兵衛の前では一転大人しくなる七郎次なのだから、
とっとと嫁にしてしまい、
家庭を護る賢夫人の座へ落ち着かせてほしいものだと。
つくづく思ってしまった征樹殿だったそうで。
「ヘイさんは“八百萬屋”へ戻るの?」
「ええ。
クリスマスでというよりも
ご婦人方の納会の予約が明後日辺りまで結構入っているもんで。」
昼間の集まりが主なので遅くまでとはならない代わり、
何組も引き受けてるゴロさんなので、
帰って手伝わないととそれは嬉しそうに言うひなげしさん。
クリスマスプレゼントは、
頑張って編んだ、お初の大作マフラーだとかで。
あれ? でも、確かあれって……?
『担当のシスターに食い下がり、
試験休暇中に提出して早めに返してもらったんですよぉvv』
『相変わらず、物凄い行動力だね。』
『……。(頷、頷)』
早く渡したいなぁと、ウキウキ嬉しそうなひなげしさんの傍らで、
てきぱき身支度を終えた紅ばらさんは紅ばらさんで、
「久蔵殿は? 榊せんせえ、暮れも正月もないとか言ってたけど。」
「差し入れに…。」
今朝方ケーキを作ったのを、
お茶の時間に赴いて差し入れするつもりだと、こそりと呟き、
「それと……。///////」
課題で編んだミトンと色違いの、
そっちは余計な飾りもない手套を、実はこそりと編んでたらしく、
「きゃあ、何それvv」
「私たちへも内緒にしていただなんて、久蔵殿ったら隅に置けないvv」
「だって…。///////」
間に合わなかったら恥ずかしかったからだと、
蚊の鳴くような声で真っ赤になって言い訳するのが、
もうもう可愛いんだから、と。
きゃっきゃ話しておいでのお嬢様たちを見やり、
“…いっそ毎週クリスマスだったら、
少なくともここいらは平和かもしれないなぁ。”
これまたつくづくと思ってしまった征樹殿だったそうでございます。
何はともあれ、
HAPPY & MERRY CHRISTMASvv
〜Fine〜 13.12.25.
*いやぁ、今年は“○撃の巨人”で沸きましたね。
勿論、宮崎巨匠の大作も存在感は断然“大”でしたが、
そこまでメジャーな次元の話ではなくて。
ふなっしー、ももくろ、進撃 へ、
ピンと来たぞというお顔をすれば、
今年のサブカルチャー界の情勢、語れる人ってた
そんなノリじゃなかったですかね。(それは言い過ぎ)
……という、
わざとらしい前振りはこのくらいで置いといて。
突貫です、すいません。
先に書いてたお話のアンリエッタさんとの何か、
ちょいと暴れさせたいなとか思ったものの、
突発的に大掃除が始まってしまい、
時間をうまく割けなくて。
やっと手が空き、一気に綴ったら
何か変なもん出来ちゃいました。(こらこら)
もっと細かく書き下ろすべき代物ですよね、
あれもこれもと欲張って全部詰め込んだのもいけない。
でも、一子様が
実はオートバイにまたがると凛々しくて頼もしくなるというのは、
外せないなと思ったので(何でや)
そこは頑張って書きました。
実は皆よりお姉さんだった一子様。
こういう意外性を
ひょこりと披露する人って大好きですもんでvv(おいおい)
めーるふぉーむvv


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